狐さんの花嫁探し2


「ククッええ反応やん 恥ずかしがらんでも感度良好なんはええ女の証拠やで?いっぱい気持ちよぉなって元気な赤ちゃん産むんが俺のお嫁さんなる蘭ちゃんの仕事や」


「や!直哉、やめて。お願い」


「…あ〜アカン。今ので勃ってもうた そんな顔で"お願い"なんて反則技よう使うなぁ自分 どこで覚えてきたん?やっぱ悟君にそう躾られたん?」


「――俺がなんだって?」


「は、」


「!」


第三者の声がしたかと思ったその瞬間、蘭の上に覆い被さっていた直哉は瞬く間に部屋の壁際まで吹っ飛んで行った。
派手な激突音が聞こえて蘭が直哉が飛んで行った方に顔を向けて、それから聞き覚えのある第三者の声のする方を見た。


「オマエ誰の許可得て蘭に触れてんの?オイ 答えろよ。今、この場で本気で殺すぞ」


「イッタタタ…ハハッ悟君や 蹴り飛ばされるまで全然気づかんかったわ。どうやって入ってきたん?」


「質問を質問で返すなよ オマエ状況分かってねぇみたいだな?問答すんのも面倒だし、殺すか」


未だかつてこんなにキレている五条を見た事がなかった蘭はその豹変ぶりに驚きで目をぱちぱちと瞬かせながら彼を見た。
キレているせいか、いつも自分をちゃんづけで呼ぶ筈の五条に呼び捨てで呼ばれどこかこそばゆい感じがする。


そして突然部屋に現れた五条の顔にいつもの目隠しはなく。
瞳孔が開いたまま返答も待たずスタスタと直哉に近づいていく彼を見た蘭は、ハッと我に帰って五条の元へ急いだ。このままじゃ本当に五条が直哉を殺してしまいそうな感じがしたからだ。


「悟、ダメ ストップ」


「蘭ちゃん…?」


ギュッと腰に抱きついて自分の動きを止めた蘭にユラリと彼の碧眼が揺れる。何故止めるのか、と言いたげな五条に蘭はしっかりとその目を見つめて言った。


「こんな事の為に悟が人傷つける、ダメ。どんな理由でも、悟が人を傷つける、蘭悲しい」


「蘭ちゃん…でも今回は僕もどうしても引き下がれないワケがあるんだよ」


「でも…」


幼子を納得させるような、先程とは打って変わって柔らかな口調でそう言った五条だがそれでも蘭は渋った表情で目を泳がす。五条はそんな蘭の反応を見てもうひと推しだとばかりに畳み掛けた。


「――蘭ちゃんはさ、もし恵が誰かに重症を負わされたとしても指咥えて見てるだけで耐えられる?」


「……!ダメ 蘭、恵の仇取る」


「そう、そういう事なんだよ。これで蘭ちゃんも僕の気持ち分かってくれたでしょ」


「う、うん…でも、あの…」


「分かってるよ、死なない程度にでしょ?大丈夫 僕最強だからその辺の匙加減は上手い方だよ」


グッと親指を立ててそう言った五条に少しばかりホッとした表情を見せる蘭。
そんな彼らの様子を見ていた直哉はギョッとした顔で慌てふためいた。


「や、ちょお待ちや自分ら何勝手に…!蘭ちゃんも何納得させられとんのや、君俺のお嫁さんなる約束したやろ?旦那さん目の前で殺されそうになっとんのに何悠長に見学しとんねん!はよこのバケモン引き止めろや」


「誰がオマエのお嫁さんだよクソ狐 その口二度と聞けないように縫い付けんぞ」


「ちょ、ホンマに待ちや悟君 俺は禪院家の次期当主になる男やで?同じ御三家の君なら俺ぶっ飛ばしても何もええ事ないぐらい分かるやろ?寧ろ家同士の対立も招かれへん事になってまうで。な?ここは一つ穏便にや」


「勘違いすんなよ 家同士の対立なんて俺からしたら道端の石ころ並みにどうでもいいんだよ。――で?ベラベラ喋って遺言はそれだけか?」


バキバキボキッと指の骨を鳴らしながら冷静さを欠いた五条の瞳が一直線に直哉を射抜く。
まさかこんな早くに人類最強のセコムが来るとは思っていなかった。絶体絶命とはまさにこの事だろう。だが――


「グッ…誰が大人しくやられるかってんねん 逃げるが勝ちや!」


直哉は素早くその場から立ち上がると出口に向かって走った。そのまま出て行くかと思われたが、彼はクルッと蘭の方を振り向くと彼女を指差した。


「――蘭ちゃん!また攫いに来るからそれまで毎晩俺を想って待つんやで!悟君に抱かれても俺だと思って我慢しぃや 代わりにお嫁さんなったら毎晩直哉くん直哉くん、てよがらせたるからそれまでいい子で待ってるんやで!ほな一旦さいならや!」


言うだけ言って満足した直哉は瞬時にその場から姿を消した。
一方五条は天を見上げながら手で目元を覆い笑い出して――


「んん〜 ハハッ。狐、反省の色なし、と。――野薔薇、後は頼んだよ」


次の瞬間には禪院直哉と五条悟による命懸けの鬼ごっこが始まっていた。
五条は一瞬にしてホテルの一室から姿を消し、代わりにいつからそこにいたのか釘崎が姿を現し呆然としている蘭の手を取った。


「さ、蘭。大丈夫?あの変態狐に何もされてない?」


「野薔薇…!うん、大丈夫 もしかして野薔薇が悟、呼んでくれた?」


「そうよ!全くあんな狐顔の犯罪者に目をつけられるなんて、本当手のかかる子なんだから」


「ご、ごめん」


「もういいわよ 目の前で見逃した私の責任でもあるんだし……何はともあれアンタが無事で良かった」


「…野薔薇!」


よしよし、と優しく微笑みながら自分の頭を撫でる釘崎に蘭はひしっと彼女に抱きつき、改めて釘崎という友の存在に感謝するのであった。



――――ちなみに後日、京都に戻った禪院家の次期当主・禪院直哉が何者かによって半殺しにされ病院送りになったのはまた別の話。


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